◎ いつからこんなに環境、環境って言い出したの?
1963年、アメリカの生態学者だったレイチェル・カーソンが「沈黙の春」という本を出します。この本には「春になっても鳥がさえずらなくなった。それは人間が自然を破壊したからだ」という意味のことが、彼女の長年の観察を通して書いてあったのです。
その頃、地球の環境はひどいものでした。彼女が本を書いた10年前にはロンドンのスモッグで、推定1万人が死亡しました。
ある冬の朝、それは12月4日のことでしたが、ロンドンっ子はいつものように目覚め、あまりの寒さに暖炉に石炭をくべました。その煙は煙突を通って上空に上がっていったのですが、その日に限って北海の方から冷たい空気がロンドン上空に流れ込み、「空気の逆流現象」が起こっていたのです。
いったん上空に上がった煙は再びロンドン市街に戻ってきたのです。
朝の10時にもなると町中にスモッグが充満していましたが、誰もそれが「自分が出した煙のなれの果て」であることには気がつかず、ある人は出勤し、ある人は映画を見に行きました。
映画館が最初の上映を始めた頃には、映画館の中に立ちこめたスモッグで、客席からスクリーンが見えなかったと言われています。
それから4日間、病院には気管支を痛めた人がひっきりなしに来て、合計4000人が命を落としました。スモッグ自体は4日間で終わったのですが、その後、翌年の3月までに約1万人の人が犠牲になったと言われています。
時あたかも地球の反対側の熊本県水俣市では水銀中毒事件が起こっていました。最初に病院を訪れたのは小学生の女の子でしたが、医師は首をひねり「日本脳炎」と診断しました。まだ水銀が危険だとは思いもよらなかったのです。
水銀は昔から日本人にはなじみの深いもので、神社やお寺に行くと鳥居や五重塔が朱色に塗られていますが、あれは硫化水銀という化合物です。また奈良の大仏様に金箔を塗るときには、金と水銀をアマルガムというものにして塗りつけました。水銀は火山のそばで採掘されることもあって、火山国日本では多くとれたので、明治あたりまでは女性のお化粧にも使われていたほど普通のものだったのです。
そういえばロンドンのスモッグですら、「暖炉」が原因になったのですが、誰もそんなことは考えていなかったのです。暖炉は大昔から使っていましたし、石炭も150年も前からロンドンでは当たり前に暖房に使用していたからです。
戦争が終わり産業活動が盛んになり、また現在ではもう使われていないような強力な農薬などが多く使用されるようになった頃です。公害問題はあちこちで起こり、苦しんでいる人が多かった頃です。
こんな状態だから、さぞかしみんなは「環境を大切にしよう!」と言っていたかというと、不思議なことに、正反対なのです。
『家庭で行う正しいエコ生活』武田邦彦 平成21(2009)年 講談社刊より 20260208
src="https://image.space.rakuten.co.jp/d/strg/ctrl/9/0954dbc1fdde114ea9fccd7f7446ae8bfeac4b10.16.9.9.3.jpeg" border=0 name="insertImg" />
武田邦彦先生著作物取り扱い店