自分自身で判断することの大切さ
そして、このことが現在の日本の諸問題をつくっています。
つまり、私たちが騙されるというのは、私たち自身が騙される行動や騙される考え方をしているということです。私たちが本当に騙されないためには、私たち一人ひとりが、言うなれば「貴族になる」ということです。「自分は他の人とは違う」「他の人がAという考えでも自分はBという考えである」ということになればいいのです。
ところが、NHKなどでは、全国民がわかるようにと非常にやさしく伝えます。難しいことを言ってみんなに考えてもらおうと思っても、地方のおばあさんからは「それはわかったけれども、結局、私はどうしたらいいの?」と尋ねられるので、事実そのままではなく、その人がどうしたらいいのかということまでも報道するようになります。
そうすると人間はどうしてもラクなほうがいいので、たとえば「アメリカと中国の争いが激化している」という事実を聞いても「じやあ私はこうしよう」というふうにはなかなか思いが至らない。だからテレビでは「アメリカと中国の争いは、現在こうなっている」という事実の次に、「だから近い将来にはこうなる」「そのため農業をやっている人はこうしたらいい」「会社員はこうしたほうがいい」「主婦はこうしたらいい」とさらに懇切丁寧に解説をすることになります。
そういうことをずっと長い間にわたって見聞きしていると、つまりNHKをずっとみていると、これは当然考える力を失います。
NHKは親切心で選挙があれば「投票へ行きなさい」と言ってくれるし、台風が来そうになると「自分の命を守る行動をとってください」とそんなことまで教えてくれる。
誰だって命は守りたいのですから、そんなことまで言われなくてもいいというのが人間本来の考え方ですが、NHKが「どうやって命を守ればいいのか」「どの時点で命を守る行動をしなければいけないのか」ということも懇切丁寧に教えてくれるわけです。
この親切心が、かえって私たちから判断力を奪います。そして、これに乗じて悪い人間が出てきて、その人たちに簡単に騙されてしまう人間ができてしまうのです。
特に、日本人はわりあいと人柄が良くて、他人を欺いて金品を盗ろうなどという人は少ない。そこには相手を善人だと思う気持ちがあるものですから、余計に騙されてしまいます。
つまり、「貴族社会であることと大衆社会の何が違うのか、そして自分がどういう立場にあるのか。テレビはどういう姿勢で私たちに対する放送を流しているのか。そしてそれに対してどのような注意を払わなければいけないのか、ということを私たちは今後、総合的に“理系思考”で考え、自分なりに判断できるようにならなければいけない」ということが本書の結論になるのだと思います。
令和3年睦月
武田邦彦
『フェイクニュースを見破る 武器としての理系思考』武田邦彦 (ビジネス社刊) R060725 P231