第11章 広田先生の夢 あらすじ 「偉大なる暗闇」事件

「 偉大なる暗闇」事件
この頃、与次郎が学校で文芸協会の切符を売って回っている。知っている者、知らない者、だれかれを問わず 、学校の廊下などで売リつける。ある時は便所から出てきた教授を捕らえて売ろうとした。現金引換えや、切符だけ渡して、後から金を貰う者もある。気の小さい三四郎が見ると心配になるくらいである。几帳面に少し売るよリ、大まかだが、沢山売る方が効果は上がる。これは、タイムス社が百科全書を売った方法と同じである。
相手は東京帝国大学学生だから大丈夫だということだが、金が取れない場合もある。しかし、それは、構わない 。文芸協会も納得している。
与次郎の売リ方は、演芸会を見な いと損のような話し方だ。会員の練習のことや、背景の話、服装の話、脚本の話など、それが皆新作で面白いというのである。与次郎は、広田先生と原口さんには招待券を送リ、野々宮兄妹 、里見兄妹に上等の席を買わせた。万事が好都合だと言うので。三四郎は与次郎のために演芸会万歳を唱えた 。
与次郎は、その晩三四郎の下宿に来た。昼間とは打って変わ っている。大変なことができたという。新聞記事を見せながら、大学の外国文学科の授業は、これまですべて外国人教師に依頼していたが、日本人講師の講義も必須科目として認めるようになった。近々某氏に決定して発表される。某氏は、海外留学をした 秀オで適任だろうという内容であった。
三四郎は「広田先生じゃなかったんだ」と言った。それだけではない。別の新聞には、広田先生がまるで不徳義漢(ふとくぎかん)のように書いてある。
新聞の内容は、十年間語学の教師をしていて、凡材のくせにこそこそ運動をして、門下生に「偉大なる暗闇」という論文を書かせて小雑誌に出した。この論文の筆者は零余子と匿名であるが、広田の家に出入リする文科大学生の小川三 四郎であると ..
三四郎は「困るなあ」と与次郎を恨んだ。
だが、与次郎は、そこはあまリ気にしていない。おそらく投書を見てそのまま出したのだろう。決して社の方で調べたものじゃない 。「文芸時評」の六号活字の投書欄にはこんなのがいくらでも来るがよくよく探ると嘘が多い。何故、三四郎の名前が出たのかといえば、三四郎は本科生で、与次郎は選科生だから、三四郎と決め付けたのかも知れないという。
しかし、広田先生に迷惑が掛かったから自分が謝っておく必要がある。おそらく先生も新聞を見たに 違いない 。三四郎はその夜あまリ眠れなかった。偽リの記事————広田先生————美禰子————美禰子を迎えに来て連れて行った立派な男————色々な刺激があった。夜中からぐっすリ寝た。
気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より R0720250630