男性の幸福は死ぬこと(?)
私は男性ですが、男性は幸福を感じることができませんね。男性は、葉隠じゃないですけれど、死ぬことと覚えたりという感じです。
つまり、男性は死ぬことを目的に生きているようなものなんですよ。 子供も自分で産むわけではない、育てるのもろくにできない、敵がきたら戦って死ななきゃいけない。 これは例えば、小学校四年生の副読本にあるように、十匹の魚の群れがいて全部全部メスだとしますね。そのうちの一番体の、大きいメスがオスに性転換して、体も全部オスになります。それで群れを守る、敵が来るとそのオスは外敵と戦うわけです。メスはそのとき岩陰に隠れるわけですね。そして、オスは何度か戦ううちに死ぬわけです。つまり、オスの幸福というのは死ぬことなんですね。それで十匹が九匹になると、今度は九匹のうちの一番体の大きいメスがオスに変わって群れを守ります。これは普通のことなんです。
つまり、男性の幸福というのは何かというと「死ぬこと」なんですよ。しかし、「死ぬことが幸福か?」と言われたら難しいわけですね。 それでは、男性の幸福は生物学的な幸福は存在しないのか? そうすると認知的幸福ですね。つまり、人間の大脳が発達しているがゆえに、幻想としての幸福は存在するかもしれないですね。女性の幸福というのは体の幸福なんですよ。本当の人生の幸福なんです。男性の幸福は幻想の幸福なんですね。 そのため体の幸福は死ぬことだから、これはその幸福にならない。そうすると、男性の幸福というのはそれ以外の幸福、つまり頭で考えて幻想の社会を作って、幻想の社会だけで幸福を得るようにするということです。
『幸福とは何か』武田邦彦(武田邦彦先生音声ブログKindle版大島久幸氏編 より)(雲雀電子出版) 2025023