原則その④ 「違うデータ」が出たら考え直す
科学的判断というものをみるときに、データが出ていないときに発言する人のことを信用してはいけないというお話をしました。科学はデータで判断するわけですから、データの出ないときに発言するというのは、自分の個人的な思想から発言をしている ということで、科学的ではないことがわかります。
そのこととはまったく反対のことのように思うかもしれませんが、最初のデータと違ったデータが出たときに、それまでの発言を変えたり、考え直したりするということが大切になります。これが第4原則「違うデータが出たら考え直す」です。
「考えを変える」というと何か悪いことのように考える人もいるでしょうが、そうではありません。これは“宗教”と“科学”というものを考えるとわかります。
宗教において「何を信じるか」というときに、それが事実かどうかは関係ありません。ある宗教を信じる人たちは、科学的な根拠の有無にかかわらず教祖様の言うことや伝統の示すことを信じて生活をするわけです。
したがって彼らは「真実は一つ」という考えになります。新たなデータが出たとしてもそれによって考えが変わることはありません。
これに対して、科学は「データによって判断」しますから、違うデータが出たら必ず考え直すということが必要になるのです。ある程度の科学の訓練を受け、自分自身で長い間研究をしてくると、そのことが痛いようにわかります。
科学というものは「未知」の分野を切り拓いていきます。そして未知の分野を切り拓こうというときに、通常は自分の考えだけでは間違いがあるので、実験や調査というものが必要になります。
もしも自分の考えが常に正しいのであれば、実験をする必要はありません。実験をしたところで、その結果は必ず自分が考えているのと同じことになるはずだからです。
ところが、科学において実験は欠かせません。社会学的なものであっても必ず調査をするわけですが、それはなぜかというと実験や調査の結果が、当初に自分が考えていたことと違ったものになる可能性があるからです。
私も長い間、物理や化学の研究をしてきましたが、自分が「こうだろう」と考えて実験を行うと、かなりの確率で「自分が考えたことと違う結果」が得られることになります。それだからこそ実験をするわけです。
そして、そのときに自分の考えと違った結果が出たら喜びます。科学者にとって、自分の考えたことが実験で裏づけられるというのはあまり喜ばしいことではありません。
自分が考えたことというのは今までの学問で予想されていることですから、実験の結果が思ったとおりになったとき、そこには新しい発見も進歩もありません。しかし実験によって違うデータが出てくるということは、そこに新しい発見とか進歩の可能性があるということになる。
だから、科学者たちは実験によって違う結果が出たり自分の考えが裏切られたりしたほうが喜ぶという変な経験をずっと積んできているのです。この習性は実験においてだけではなく、世の中のことについても発揮されます。
『フェイクニュースを見破る 武器としての理系思考』武田邦彦 (ビジネス社刊) R060520 P036