「憲法9条」草稿に反論した米軍将校
一般に「不戦宣言」と捉えられている日本国憲法の第9条には「永久にこれ(武力)を放棄する」という条文の前に「 国際紛争を解決する手段としては」という但し書きが入っています。
草稿の段階ではこのような但し書きが入っていなかったのですが、日本を占領していた米軍の将校が、当時連合国最高司令官として日本を統治していたダグラス・マッカーサー元帥に向かって「これではあまりに酷い。国というのは自国の国民を救うというのが最低限の権利。これではそれを果たせないではないか」と、まるで北朝鮮による拉致事件発生を予見していたようなことを言ったことでこの一文が付け加えられたのです。
その意図するところは「国際紛争を解決する手段としての武力は使えないけれども、国民を守るための手段としての武力を使えないのでは、それはいくらなんでも独立国とは言えませんよ」ということです。
占領軍の将校ですらたまりかねて文句を言ったほど、国家にとって重要な一文なのです。その将校に日本人のことを思い遣る気持ちがあったというよりも、それが彼らにとっての当たり前の国防意識ということなのでしょう。
しかしそんな当たり前の感覚を無視して「もっと日本人を痛めつけたい」「日本人が苦しむほうが嬉しい」というのが日本の左翼である社会党や共産党でした。
拉致事件に対する両党の行動は酷いものでした。「そうであろう」というような推測の混じった話ではありません。
今となって彼らはそんなことはまるでなかったかのように、「民主主義」などと口にします。本当に改心した可能性もゼロではありませんが、かつて事実としてあったことには違いないのです。

憲法改正の議論では、「外人のつくった憲法があるのは残念だ。日本人の手で日本の憲法をつくろう」と言われますが、「自衛のための軍隊は良い」と進言したのは米軍の将校だったということもよく考えるべきでしょう。
『「新型コロナ」「EV脱炭素」「SDGs」の大ウソ』武田邦彦著 ビジネス社刊
20240422 P174