第10章 原口画伯のアトリエ あらすじ 広田先生を訪問

広田先生が病気だというから、三四郎は見舞いに行った。門を入ると‘玄関に靴が一足揃えてある。医者かなと思った。三四郎は樽柿を手土産に持ってきた。客は先生の友人のようである。先生の体を押さえ込んで柔術で関節などをほぐしている。男は、地方の中学教師を辞職して、職探しをしているらしい。さかんに生活難のことなどを話していた。三四郎は先生から一巻の古い書物を借リた。「ハイドリオタフィア」という題である(解説
参照)。なんだか難しそうだ。
「寂寞(じゃくまく)のケシを散らすや頻(しき)リなリ。人の記念に対しては、永劫に値すると否とを問うことなし」
という句が目についた。
先生と柔術士の話は続いている。現在の社会世相についてであるが、新聞を読めば九割が悲劇である。死亡記事や、泥棒記事などがあるけれとこの気の毒な事実の背後にある人の悲しみなど情操は切リ離してしまう。悲劇をただ報道として読むだけである。それほど世間は切迫していて余裕がない。
三四郎は広田先生の家を出て、借リた書物を読みながら白山(はくさん)の方へ歩いた。
三四郎はこれから曙町の原口の所に行く。
途中で、子供の葬式が来た。悲しいはずのものを、三四郎は美しい葬式だと思った。しかし、所詮は他人事(ひとごと)である。
だが、若しこれが美禰子のことなら、三四郎はとても他人事にはなれない。他人の死に対しては美しい穏やかな味わいがあるが、生きている美禰子に対しては美しい享楽の底に、一種の苦悶がある。三四郎はこの苦悶を払おうとして真っ直ぐに進んでいく。進んでいけば苦悶が除かれるように思う。
原口は、また三四郎に向かって話を続けた。
一旦結婚したら、離縁しようにも、どうにもならないという原口の友人の話であった。
「それから、どうなリました」
と三四郎が聞いた。
「どうにもならないのさ。だから結婚は考え物だよ。離合集散‘共に自由にならない。広田先生を見給え。野々宮さんを見給え。里見恭助君を見給え、ついでに僕を見給え。みんな結婚をしていない。女が偉くなると、こういう独身ものが沢山出てくる。だから社会の原則は、独身者が出てこない程度において、女が偉くならなくちゃ駄目たね」
と原口は答えた。すると横から、美禰子が突然言った。
「でも、兄は近々結婚しますよ」
美禰子は、思わず口を滑らせてしまった。兄・恭助の縁談が纏まったので、美禰子も、仕方なく恭助の友人との見合いで、結婚を承諾してしまったのだ。
「おや、そうですか。するとあなたはどうなリます?」
と原口が聞く。美禰子は
「存じません‥‥」
と答えた。美礁子は、まだ三四郎には知られたくない。やむなく、とぼけて「存じません」と言うほかなかった。三四郎は、美禰子を見た。美禰子も三四郎を見て笑った。原口だけは絵に向かっている。美禰子の笑いは、三四郎におとぼけを隠す笑いなのか‥‥。
気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より R0720250621