母の手紙
翌朝、故郷の母からの手紙が来たのを、そのまま懐に入れて外に出掛けた。学校に行く途中、学生の中に広田先生を見かけたが 校門の中に消えてしまった。
三四郎は「ハイドリオタフィア」という言葉の意味を広田先生に聞いてみたかった。どうも三四郎はこの言葉が気になっている。与次郎「ダーター・ファブラ」と同じ類の言葉だろうと言ったが、三四郎には大きな違いがあるように思える。
学校に着いたら「偉大なる暗闇」の作者として衆人の注目を集めるような気がした。 講義の間に母からの手紙を出して読んだ。この冬休みに帰ってこいという内容である。
熊本にいる時もそんなことがあった。
手紙には、お光さんは豊津の学校を辞めて家に帰ったことや、大工の角三(かくぞう)が山で賭博(とばく)を
打って九十八円取られたことの顛末などが詳しく書いてあった。東京にいるお前もよく気を付けろという訓戒がついている。
与次郎が傍に来て、
「やあ、女の手紙だな」
「里見のお嬢さんからのじゃないのか」
「ところで、里見のお嬢さんのことを聞 いたか」
と言う。三四郎は一瞬ギクリとして
「何のことだ」
と聞こうとしたが、そこへ演芸会の切符が欲しいという学生が来たので、与次郎は、そのまま消えていなくなった。三四郎は気になったが、いくら探しても出てこない。
気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より R0720250701