日本が独立を保つことができた必然的な理由
人間の心というものはその人の生活の中でかたち作られ、周囲環境を信じて生きています。だから、それまで木材でできた船しか見ていない人が「黒船」というお化けのような物体に接すれば、遠巻きにして見るのが人というものです。
まして、それに乗船したり舵を取るのはお化けに近づくようなものですから、ご免という感じです。しかし、日本人が渡来の化け物にひるまなかったのは歴史的事実です。
細面でやさしい顔つきをしている永井尚志をはじめ、伝習所学生は平然と将軍の命に従って、恨れない黒船スームビング号に乗り組み、外輪をつけた蒸気船の回航に臨み、江戸に到達したのです。
私はこの話を整理するにつけ、「いったい、日本人というのはどういう民族だろうか」と思います。日本人は一見驚いたように見えていてもそれほど驚いていないし、恐れおののいているように見えて、内心、小馬鹿にしているところがあります。「二重人格」とも言えるし、また「懐が深い」とも言えるでしょう。
日本人の技能はさらに進み、1859年には観光丸のボイラーの取り替え工事ができるまでになっていました。この頃になると、日本人の評価も上がって、伝習所を訪れたイギリスの軍医レニーは、次のように言っています。
「8月7日長崎の日本蒸気工場を見学。これはオランダ人の管理下にあり、機械類は総てアムステルダム製であった。所内の自由見学を許された我々はすみずみまで見て回ったが、なかなかの広さであった。そして、この世界の果てに、日本の労働者が船舶用蒸気機関の製造に関する種々の仕事に従事しているありさまをまのあたりに見たことは確かに驚異であった」
ここまで私が長々と江戸末期から明治初期にかけての日本の科学技術の進展を描写したのはそれなりの理由があります。アーリア人からなる世界の白人国家が、近代化のカと、後には産業革命の成果を活かして世界の有色人種を一網打尽に植民地にしたのですが、その中で日本だけが「完全な独立」を保つことができたのは「偶然」ではなく、それなりの「理由」があったからだと思うからです。
どんなことでも、どんなに偶然のように見えることでも、かなりの部分は「必然的な理由」があるものです。そして歴史を整理し、考える者の―つの責任のようなものですが、必ず「必然的な理由はなかったのか?」を突き詰めて考えなければならないと思います。
『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)
『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250905