美禰子と三四郎の再会
ある日曜日、三四郎は久し振リに新橋の勧工場(かんこうば)を散歩していたが、ふと遠くに美禰子に
似た婦人を見かけた。ジッと眺めていると、はたしてそれは美禰子であった。しかし顔色が優れず、昔の溌剌とした姿は消えていた。三四郎は一瞬躊躇したが、思い切って近づいて
「美禰子さん! 」
と声を掛けた。美禰子は、ハッと驚いてこちらを向いた。そこに昔の面影を残す三四郎が立っていたのだ。心の奥底に深く封印していた三四郎の姿が‘ 急に目の前に蘇った。美禰子は、笑顔を見せたが、やつれた様子は隠せなかった。しかし、懐かしさが込み上げてきて、涙が出そうになった。
三四郎はあれから、すっかリ都会の青年になっている。このまま別れてしまうことはできなかった。三四郎は、暫く考えてから
「ちょっと、お時間はあリますか‥‥‥」
と尋ねた。美禰子はためらいながら
「ええ‥‥‥」
とだけ答えた。二人は、近くにあるカフエに入った。お互いに聞きたいことは山ほどあるが、いざテーブルに座って顔を見合わせると、胸がつまって言葉が出てこない。出てきたカフエを飲みながら、二人ともしばらく沈黙が続いた。やがて、美禰子がぽっリぽつリと間をおいてロを切った。
「三四郎さん、お元気ですか‥‥‥」
「もう、学校は卒業されたのでしょう」
「今は、何をなさっています?」
と尋ねた。三四郎は
「ええ」
と頷きながら、
「今は、中学校の教師をしています」
と答えた。しかし、美禰子はさすがに
「結婚されましたか」
と聞くのは躊躇(ためら)った。一方、三四郎の方は、美禰子に苦悩の酪が見えるので、積極的に尋ねる気にはなれなかった。
『気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より R0720250719