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日本を潰そうとする強大な勢力に、対抗するために、、、、

特別な国家・日本の3つの特徴 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より

特別な国家・日本の3つの特徴

明治維新の直前、日本は諸外国と比べて次のような特別な国家と社会だったように思います。

その1.諸外国に比べて、生まれながらに人は違うという「階級意識」の少ない国家だった.

このことは前述したように、江戸時代の大名行列でも、土下座して大名の列が過ぎるまで頭を下げている庶民は「どうせ、殿様もやんちゃな若者だろう」ぐらいにしか思っていなかったと言われることからもわかります。
階級制の意識が少なかったのは、「多民族国家ではなかったこと」「征服された経験がないこと」「天皇陛下が超越的な階級としておられて、『天皇陛下以外はみんな同じ』という平等の意識があったこと」などが挙げられます。

その2.諸外国に比べて、指導層が「庶民感覚」を持っていた

これは、階級意識が乏しかったということとも関係していますが、日本人が持っていた「人はみな同じ」という感覚は、庶民の側ばかりではなく、支配層のほうにもあったのです。
日本に来たアメリカ、ヨーロッパの人たちが、日本の殿様や武士のような指導層が質素なこと、殿様の奥方とひなびた農村のお母さんがほとんど同じ立ち居振る舞いであることに驚いています。これも、国の発展という点では大きな要因になりました。
これと反対なのが、近代の支那や朝鮮でした。支那は清王朝でしたが、もともと清王朝は満洲の女真族で、いわゆる支那を支配していた漢族とは民族自体が違いました。
弁髪(べんぱつ)や纏足(てんそく)という独特の文化を持ち、支那を支配してからは「漢人化」をしたのですが、「庶民は漢族、俺たちは満洲の女真族」という意識は残っていました。
歴史にあまり関心のない人は、日本が日本人でできているので、中国(支那)も中国人という人たちがいて、その人たちが支配していたと思っていますが、中国の王朝についてみると、清王朝というのは支那の漢族が支配していたのではなく満洲の女真族が支配していましたし、元王朝はモンゴル人です。支那という地域はそこに住む漢族ではなく、外国の民族に支配されていた時期が長いのです。だから、豊臣秀吉が朝鮮から北京に進出しようとしたのもあながち奇妙なことではなかったのです。
朝鮮も同じで、日本が明治時代を迎えた頃、朝鮮には李氏朝鮮という王朝がありましたが、建国以来すでに600年ほど経っていて、すっかり腐敗していました。「ヤンバン」と呼ばれる貴族階級だけが「国民」で、普通の人はみな奴隷のような状態でした。
当時はヨーロッパでもほぼ同じ考えで、王族や貴族の損得だけで国を売ったりしていました。むしろ、殿様や武士と平民の差はほとんどなかった日本のほうが世界的には特殊だったのです。





『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)

『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250906
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