序章 美禰子と明治という時代
美禰子はどんな女性か、どんな状況下に置かれれていたのか
●里見美禰子
彼女は、明治の西洋化の影響を受けた近代的女性である。年齢は二十三歳、独身。二重瞼が綺麗で印象に残る黒目だが、男からは官能的と映る魅惑的な目の持ち主。詩的な心を持ち、小説も書ける。英語を話し、聖書を読み、教会に通う。
また、趣味はバイオリンを弾き、西洋絵画の展覧会にもよく通う。絵のモデルもする。
現在、次兄の里見恭助と同居中で、洋風の応接間には、正面に暖炉があり、その上に大きな鏡とキャンドルがあるという家屋に住んでいる。
まさに当時としては最も先端的な女性といえる。顔はあまり白くなく狐色の魅力的な肌をしており、服装は当時流行り出した洋装ではなく、いつも落ち着いた和服姿が多いことなどは、日本的な良さも残している。

天性の気取らない人懐こさで接する言動は、本人の悪意は微塵もないが、時に若い男をして自分に好意があるのではないかと勘違いをさせたり、惑わせたりする。
漱石はこれを「無意識の偽善家(アンコンシャス・ヒポクリット)」と言う。
里見家の両親は既におらず、長兄も早く亡くなって、里見家は次兄の恭助が相続している。この兄は現在独身で三十歳。東京帝国大学法科を出た法学士で、勤め人をしているが、そろそろ結婚を考える年齢である。美禰子は、兄が結婚すれば、里見家を出なければならない事情にある。日露戦争後の経済事情は大学出の勤め人でさえ生活に余裕はなかった。
また、年齢的にも既に峠を越えているので、早く結婚しなければというあせりとプレッシャーを感じている。
『気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より R0720250327