国際秩序と日本の孤立:白人支配構造への誤認と中国の戦略的選択
当時の世界情勢から言えば、日本が満洲国を支配するのはそれほど問題ではありませんでした。むしろ問題なのは、日本人が「満洲国建設はまずかった。リットン調査団も不適切と言っている」と受け取ってしまったことです。
日本人は先入観を持っていました。その一つが「白人は植民地を持って良いが、日本人は有色人種だから植民地を持つことはダメだ。白人はそう考えているからその考えに沿った結果だ」というある種の人種差別意識が日本側にあったのです。
だから、リットン調査団が主として白人で構成されていたので、「満洲国を日本が支配するのを許さないだろう。そして、日本人より白人のほうが上だから白人が決めたことは正しい」と自らを卑下したのです。
人種差別の撤廃を訴えていながら、やはり日本人も「ヨーロッパ史観」や「有色人種は劣る」という感覚から逃れることはできませんでした。特に、知識人と言われる人たちがリットン調査団の報告を読み間違えたのは、彼らの知識が欧米の知識で、それに依存しているという劣等感があったからです。
このような劣等感を日本の知識人が持っているのは現在でも同じで、21世紀になっても何か大きな国際的事件が起こると、常に「アメリカとヨーロッパは正しく、アジア・アフリカは間違っている」という考え方になります。
もともと、白人がどんどんアジアに攻めて来たときに、アジアの諸国はヨーロッパ諸国に対して力で対抗し、すぐに敗れて植民地になってしまいましたが、日本と清王朝だけは違いました。
先にも書きましたが、日本は白人と武力で戦って、ロシアとドイツを破り、国際的な地位を築きました。一方、支那の清王朝は、国の面積が大きかったこともあって、南部をフランス、揚子江周辺をイギリス、満洲をロシア、そして山東半島をドイツに「譲り渡し(割譲)」して白人のご機嫌を取るという方法を採用しました。
支那は「白人側に付いて、アジア民族を抑圧したり、占領したりする」ということで、自分の国が生き残る作戦をとります。日本から見るとこの作戦は汚いし、アジア民族なのにと思いますが、支那人は支那人の考え方があり、正しいとか間違っているというのではなく、「支那人は白人側についた」ということが事実です。それは今でも続いていて、「中国百年の計」なのです。
日本はやがて、白人の国々に包囲され、それに支那が加わって、「ABCD包囲網」ができます。ーーーアメリカ、イギリス(ブリテン、Britain)、支那(チャイナ、Chinaという英語は支那の音をとっている)、オランダ(ネザーランド、オランダはHolland、またはダッチDutchとも言うので、ABCD包囲網とされています)。
これにかつて戦ったロシアとドイツ、それと当時、ナチス・ドイツに占領されていて国がなかったも同然のフランスを含めると、日本は「白人有力国家全部と、白人側についた中国」という全方位で戦うことになってしまったのです。
『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)
『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720251020