「リメンバー・パールハーバー」
ハワイ攻撃もアメリカに与えた影響は大きかったのですが、アメリカ政府は日本軍によるハワイ攻撃はシナリオの範囲内でしたからイギリスのウィストン・チャーチル首相が受けたような精神的なショックはなかったと考えられます。
しかし、国民に戦争を始める口実を与えたことは確実で、アメリカの自作自演ではありましたが、「リメンバー・パールハーバー」という合い言葉はその後の日本との戦争に大きな役割を果たしました。
アメリカが常に使う手段に「リメンバー」があると、ある思想家が書いていますが、前述したように、西部に進出するときのアラモ(故意に守備隊を全滅させる)、スペインとの戦争のメリー号(アメリカが自分で爆沈)、日本とではパールハーバー(誘導作戦)、そしてそれは第二次世界大戦後もベトナム戦争でのトンキン湾事件(完全な作りもの)、サダム・フセイン大統領との戦争のときの「大量破壊兵器」(アメリカのでっち上げ)などへ続きます。
日本のハワイ攻撃は成功したと言われています。確かに太平洋のアメリカ海軍の多くに打撃を与えました。しかし、それは決定的ではなかったのです。
日本の航空母艦から発信した攻撃隊は、第一波、第二波とほぽその任務を完璧にこなして、ハワイのアメリカ軍基地を破壊しましたが、第三波を出さなかったので、燃料タンクなど基地の継続的な使用ができなくなるまでは叩きませんでした。
また、すでに書きましたが、アメリカは日本の急襲を予想して機動部隊(空母と艦載機を主力とするハルゼー将軍の部隊)を退避させていましたので、機動部隊も無傷で残りました。
後にこの二つのことが日本海軍にとって大きな打撃となりました。仮にハワイ急襲で基地を当分の間、使えなくなるまで破壊し、さらに戦艦大和なども動員して機動部隊を撃滅しておけば、アメリカは太平洋方面の海軍と基地を一度に失うので反撃をするのには数年を要したでしょう。
一気にハワイの奇襲をするというぐらいの素晴らしい作戦を持っていた日本ですが、海軍内部にはすでに責任を避ける「官僚的」な雰囲気もあり、もう一つ「腰が引けた状態」だったのです。
このことはマレー方面での作戦も同じでした。確かに、シンガポールのイギリス要塞を陥落させ、イギリス東洋艦隊旗艦を撃沈したことは世界に大きな影響を与えましたが、戦闘としてはそれで終わりました。
しかし、もし日本軍がシンガポール要塞から直接、インド洋を渡ってインドのイギリス軍を攻めて徹底的に破壊することができたら、ナチス・ドイツと戦っているイギリスは大きな痛手を受け、戦争を継続する意思を失っていた可能性があります。
ここでこのようなことを書いたのは、日本では大東亜戦争は無謀な戦争であり、白人の主要国を相手にして勝つはずがないと言われていますが、戦闘を詳細に見ると「もう一歩だった」という感じがするからです。
少なくとも緒戦で、第三波を出し(計画にあった)、ハワイのアメリカ軍基地を叩けるだけ叩いておけばアメリカの実質的な参戦はかなり遅れました。
ハワイで撃沈されたアメリカの軍艦は日本の大本営発表では8隻でしたが、沈んだ8隻のうち、6隻は引き上げられて戦闘に復帰しているので、実質的にアメリカが失った戦艦は2隻に止まりました。また、日本軍の攻撃が主として艦艇に向けられたので、将校や兵の犠牲が少なかったこと、燃料とその設備が破壊されなかったことも日本がハワイ攻撃の成果を活かすことができなかった理由の一つです。
また、日本の連合艦隊がハワイを急襲したことについて「宣戦布告がない急襲」と言われていますが、当時の状況では日本軍がいつ攻撃にでるかはわからない状態でした。
すでにイギリスはヨーロッパから海軍の旗艦をシンガポールにまわして防衛を強化していましたし、日本軍は仏印に進出していたのですから、開戦が目の前に来ていることは誰もがわかることでした。まさに武者小路実篤のような文学者ですら「とうとうやったか!」という感想を持つほどです。
だからといって、簡単にハワイを奇襲できるということはあり得ません。ハワイを奇襲したのは日本の艦船で、その速度は時速で約50キロ。それに対してアメリカ軍の偵察機の時速は300キロ程度ですから、仮にハワイのアメリカ軍が十分な警戒をしていたら、日本の連合艦隊が偵察機をかいくぐってハワイに接近することはできませんでした。
さらにアメリカは日本の暗号を解読していたのですし、政府間の交渉も決裂して日本が宣戦布告をする直前であることも認識していました。「宣戦布告をせずにハワイを奇襲した」と言われますが、もともと宣戦布告というのは開戦直前に行うので、日本が宣戦布告(アメリカ大使館員がアメリカ政府に宣戦布告の書類を手渡す)のあと、直ちに攻撃するのですから奇襲と変わらないのです。
このように「ハワイ奇襲」は論理的にはあり得ないことで、特に仏印進駐、アメリカでの日米交渉、マレー作戦などとハワイ奇襲はあまりに論理的整合性がないのです。それは紛れもなく、「日本軍にハワイを奇襲させ、それを理由に全面開戦する」というアメリカの常套手段だったのです。
『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)
『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720251107