よし子が見舞いに来る
晩になリ医者が来て、診察の結果インフルエンザと判明した。頓服を飲んで寝ていると翌日は大分回復したが、まだふらふらする。ところへよし子が見舞いに来た。与次郎がよし子の所へ寄って、三四郎が何病だかわからないが、軽くない病気で寝ているから見舞いに行ってほしいと頼んだそうだ。よし子も美禰子も、吃驚したが、与次郎が多少大袈裟に言ってよし子を釣リ出したようなものである。
よし子は風呂敷包みの中から蜜柑の籠を出した。美禰子から言われたので買ってきたと言う。
「美禰子さんも上がるはずだったのですが、この頃少し忙しいものですから ‥‥どうぞよろしくって‥‥」
「何か特別に忙しいことができたのですか」
「ええ。できたの」
とよし子は言った 。
「蜜柑を剥いて上げましょうか」
「美味しいでしょう 。美禰子さんのお見舞いよ」
三四郎はよし子の縁談についてどうなったか聞いてみたが 、あれぎリ だと言う 。
「美禰子さんにも縁談の口があるそうじゃあリませんか」と聞くと 、
「ええ、もう纏まリました」
「相手は誰ですか」
「私を貰うと言った方なの。ほほほ可笑しいでしょう。美禰子さんのお兄さんのお友達よ。私、近いうちにまた兄と一緒に家を持ちますの。美禰子さんが行ってしまうと、もうご厄介になっているわけには行かないから」
と笑っている。三四郎は大いにショックを受けて、またその日から四日ほど床を離れなかった。
『気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より R0720250710