
ポイント 会堂(チャーチ)に行く
五日目に起きて、三四郎は外套を着て美禰子の家に行った。結婚するなら借リていた金を返さねばと思った。家に着いたらよし子が出てきて美禰子は会堂(教会)に行っていると言う。美禰子が教会に行くことは初めて聞いた。よし子に教えてもらって教会に行った。
三四郎は全く耶蘇教に縁のない男である。教会の中は覗いて見たこともない。前へ立って建物を眺めた。説教の掲示を読んだ。
三四郎は美禰子の出てくるのを待った。やがて讃美歌を歌う声が聞こえた。美禰子の声もその中にあるらしい。歌は止んだ。風が吹く。三四郎は外套の襟を立てた。空に美禰子の好きな雲が出た。
かつて美禰子と一緒に秋の空を見たこともあった。所は広田先生の二階であった。田端の小川の縁に座ったこともあった。その時も一人ではなかった。ストレイシープ(迷羊)、ストレイシープ(迷羊)。
雲が羊の形をしている。

忽然として教会の戸が開いた。中から人が出てくる。人は天国から浮世へ帰る。美禰子は後ろから四番目てあった。縞の吾妻コートを着て‘俯いて、階段を降リてきた。寒いと見えて肩をすぼめて両手を前で重ねている。その時、美禰子は往来の忙しさに初めて気がついて顔を上げた。三四郎の脱いだ帽子の影が、女の眼に映った。二人は説教の掲示のある処に互いに近寄った。
『気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より R0720250711