3 性(さが)と幸福
ある大学の若い先生からメールをいただきまして、その先生の幸福論を読みまして大変に刺激を受けました。 まだ実は私の方がそれにご返事を差し上げていないんですね。 少しは理解できるくらいのレベルにこなければいけないと思いまして、この幸福とは何かというのを続けております。
2回までで人間というのが動物とどこが違うのか、人間で幸福というものが出てきたのは暇ができたからじゃないか、紀元前700年に鉄の鍬ができて、鉄の鍬が幸福の問題をもたらしたと言えるのではないかという話を幸福の1と2でいたしました。
幸福の3は、幸福を考えることで幸福関係のいろいろな書物を読んでみますと、言ってみれば「頭の中で考えた幸福論」がずいぶんあるんですね。頭の中で考えた幸福論というのは、例えば「幸福とはこういうものだ!」というふうに書いてあるわけですが、私は、実は科学者なものですから、やはり何かの根拠が欲しいですね。自分の頭の中で考えた根拠が欲しいんです。例えば、良寛さんが新潟の片田舎で六畳一間の居寄りで生活をしたと‥‥‥まあ、それはそれなりに幸福なんですが 、どうしてもちょっと違う感じがするんですね 。ここで書いた幸福の3は性(せい)と幸福じゃなくて「性(さが)と幸福」であリます。
人間の本来的な性(さが)ですね。質というか、そういったものとの関係を少し整理をいたしました。実は男性女性の性(せい)と幸福は別の機会にもう少し踏み込んでみたいと思います。それよリか前に来るものは人間としての性(さが)と幸福ですね 。
『幸福とは何か』武田邦彦(武田邦彦先生音声ブログKindle版大島久幸氏編 より)(雲雀電子出版) 20250201