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yymm77

日本を潰そうとする強大な勢力に、対抗するために、、、、

2 暇と幸福

2 暇と幸福

1)動物の幸福

前回、動物には幸福というものはないのか、では余裕のない動物は一所懸命食べ物を探して敵から襲われないようにして、そして「あ〜よかったな。これで一生が終わったな」と感じて終わる。それで幸福感に浸っているのかもしれない。そうすると、寿命の第一原則、第二原則、第三原則が満足すれば、それでその動物は幸福な人生だったとなるわけですね。 力のある動物、例えばライオンなどの場合は、幸福になるには暇があってゴロゴロ寝ているのが幸福なのか? それともライオン同士で遊び歩いているのが幸福なのか? という問題があって、どうも動物の幸福は単に生きていることだという感じがするんですが、それも人間が勝手に考えたことのようにも思うわけです。

2)人類の幸福の起源

それでは、動物から考えるのもちょっとひど過ぎるということであれば、人間を考えますと、別のブログでも言っておりますように紀元前700年、ヒッタイトでは1300年、中国では400年くらいなんですが、押し並べてだいたい紀元前700年くらいに、人類が住んでいるところに鉄の鍬が少しずつ行き渡ります。そうすると、食糧の生産性がものすごく上がって、みんなで仕事をすると暇な人が出てきてしまう。つまり、今までは百人いたら百人全員が必死で働かないと食べるものができなかった。ときには餓死をした。 そうなりますと、一所懸命、豊作を祈って米を食べられる、もしくは魚を食べられる、狩りが上手く……ということが幸福だった。「今日はよかったな。今日は狩に出たけども、家族に獲物を獲ってこれてよかった」と言って帰ってくる。すると、家族みんなが踊りを踊って歓迎してくれる。そして、それをみんなで焼いて食べて、簡単な踊りか何かをして満足して寝る。「神さま明日もこうしてください」と祈って幸福感に浸る。こうなりますよね。 しかし、鉄の鍬ができますと、だいたい1割から2割くらいの人が働かなくていいわけですよ。暇な人が出てくるわけですね。
この暇な人が王様になり、貴族になり軍隊になり、また思想家になったり宗教の教祖になったりするんです。そうすると、まぁ、その人たちだけではなくて、ほかの人も暇ができるわけです。

『幸福とは何か』武田邦彦(武田邦彦先生音声ブログKindle版大島久幸氏編 より)(雲雀電子出版)  20250129

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