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日本を潰そうとする強大な勢力に、対抗するために、、、、

解説 佐々木与次郎のモデル 『気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦より

解説



佐々木与次郎のモデル

佐々木与次郎のモデルは鈴木三重吉であると言われている。漱石門下生の中では、二期生と言われ、小宮豊隆とほぼ同時期に木曜会に入った。
豊隆は真面目で、寡黙な大人しい男だが、三重吉は、逆に明るく活発で、世話好きな、人を引っ張っていくタイプである。正にこの章の三四郎と与次郎にそっくりの関係であった。
しかし、この関係は漱石と子規の関係にも似ていた。漱石は、子規のことを「万事兄貴分として振舞い、自分(漱石)を弟分として引っ張りまわしていた」と述べている。従って、三四郎、与次郎の関係を、モデルは漱石と子規であるという説もある。

三四郎と小宮豊隆(2)

既隆は、真面日で、几帳面な性格であった。漱石の講義には欠かさず出席していた。
三四郎が週に四|時間も講義に出て、与次郎から「馬鹿、馬鹿」と言われたところは、豊隆の性格を示したものである。
また、漱石自身も几帳面な性格で、予備門一年の時だけは落第するくらい勉強しなかったが、以後は改心して真面目にj授業に出席し、大学卒業まで、首席を通していた。
この章における三四郎のモデルは、豊隆であり、漱石であるとも言える。

野々宮の大久保の家
野々宮は、四、五日前に大久保の家に引越したばかりである。大久保は東京の周辺地域であり、これから新興住宅が開発されていく所で、辺りはまだ寂しい孟宗藪に囲まれた家である。
よし子を同居させて学校に通わせるには一軒屋で、下女を置くことも必要であった。野々宮のように世界に知れた学者でも、大学の講師として月五十五円の収入しかないので、家賃の安いこの地域に引越して、さらにアルバイトで早稲田の学校に教えに行って、家計の足しにしている。野々宮の生活状態や、女の礫死事件(自殺者)など、庶民の苦しい経済状況が伺われる。
一方、美禰子は、野々宮がこの大久保の一軒家に引越したことで、結婚できる自宅を持ったのだと思い、大久保のよし子を時々訪ねている。

『気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より  R0720250429

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