自虐的な三四郎
帰リ道に考えるとなるほど、美禰子の言った通りであると思った。
野々宮と自分を比べてみると大分格が違う。自分は田舎から出てきて大学に入ったばかリであるから学問も見識もまだまだ未熟である。
自分が野々宮ほど美禰子から尊敬を受けないのは当然である。そう言えば、先ほどから丘の上で「運動会はつまらないからここにいる」と答えた時に、美禰子は真面目な顔をして「この上には何か面白いものがあって?」と聞いたが、あれは自分を愚弄した言葉かも知れない。今日までの美禰子の自分に対する態度や言葉を繰リ返してみると、どれもこれもみんな悪い意味が付けられる。
三四郎は往来の真ん中で真っ赤になって俯いた。
美禰子が
「この上には、何か面白いものがあって?」
と聞くと、三四郎は
「何もないです」
と答えた。美禰子は
「そう」
と疑いを残したように言ったが、その後、
「あなた、まだここをご存じないの」
とよし子に言っている。
つまり、美禰子は、すでにこの場所を知っている。それを三四郎はまともに受けて素つけない返事をしたので 、美禰子は話の接ぎ穂がなくなってしまった。
美禰子は愚弄するどころか、二人になってからは、美禰子の方から「あの木を知っていらしつて」と話して出逢いの日のことを三四郎と懐かしんでいる。美禰子にとっては意味のある場所であった。しかし、三四郎は一人になって完全にマイナス思考ばかりに囚われていた。
気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より R0720250528