美禰子からの絵葉書
三四郎が下宿に帰ると、机の上に絵葉書がある。小川を描いて、草を生やして、その縁に羊が二匹寝ている。向こう側には、大きな男がステッキを持って立っている。男は獰猛(どうもう)な顔をして、西洋の悪魔のようで傍にデヴィルと書いてある、表には三四郎の宛名の下に小さく「迷える子」と書いてある。三四郎は美禰子の意図がすぐわかった。裏の二匹の羊は、美禰子と三四郎のことで、迷える子を意味している。「ストレイシープ」の意味がこれでわかった。三四郎はしきリに眺めていたが嬉しくなった。
洒落ていて手際もよく敬服の至リである。
暫くして、三四郎はようやく「偉大なる暗闇」を読み出した。釣リ込まれるように長論文を一気に読んでしまった。三四郎はさかんに読んだ気がして与次郎の技倆に感服した。
論文は、現今の文学者の攻撃から始まリ、広田先生の賛辞で終っている。ことに今の大学文科の西洋人教師を手痛く罵倒して、ここに真の学者である広田先生を招聘(しょうへい)すべきであると書いている。読んでいるうちは、その気になったが、どうも政略的な感じもする書き方で少々不満足であった。
それに反して美禰子のハガキは万事が快感である。美禰子に返事を書こうと思ったが、絵が描けないので、そのままにしていたら、時間が来た。与次郎を誘いに行くと、与次郎が給仕をして‘広田先生が食事をしている。馬鹿貝の剥き身を干した硬いものを食べているが、
「こんな硬いものを味が出るまで噛んていちゃ疲れてしまう」
と言う。与次郎は、
「先生には駄目かもしれないが、美禰子さんならいいだろう。ああ落ち着いていリゃ味が出るまできっと噛んでいるに違いない」
と言った。広田先生は、
「あの女は落ち着いているが、芯は乱暴だ。尤も、普通の乱暴とは意味が違うが‥‥‥。野々宮の妹は、一寸見ると乱暴のようで、やっぱり女らしい。妙なものだね」
と言う。三四郎は美禰子がどうして乱暴なのか不思議であった。与次郎は、やがて袴を穿いて三四郎と一緒に出掛けた。道中、三四郎は何故、美禰子が乱暴なのかと聞いた。与次郎は、美禰子だけでなく今の女性は皆乱暴であるという。イプセン(注1) の影響で今は女性も男性も皆イプセンの人物に似たところがある。
ただイプセンのように自由行動を取らないだけで腹の中では大抵かぶれている。
三四郎は、広田先生が「里見さんは、落ち着いていて乱暴だ」と言ったが、それは周囲に調和していけるから落ち着いていられるので、どこか今の社会に不足があるから、底の方が乱暴だという意味じゃないのかと理解した。しかし、美禰子の性格についてもう少し議論を進めたかった。
(注1)H・イプセン〈Hendrik Ibsen〉(一八二八~一九〇六)
ノルウエーの劇作家。明治四十年には柳田國男を中心とするイプセン会ができていた。新しい思想家と見倣されていた。『人形の家』が代表作。イプセンの女とは、『人形の家』の、主人公ノラのこと。弁護士の夫から人形のような妻として扱われていたことに気づいたノラが、一人の独立した人間として生きるために家出する経緯を描いた女性解放運動の近代社会劇。ノラは女刊解放運動の象徴的存在となった。その他、イプセンは、ほかに市民劇や礼会問題劇を描いた。『ペールギュント』『幽霊』『野鴨』『ヘッダカプラー』などの作品もある。
気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より R0720250523