第八章 美禰子の家と丹青会会場

あらすじ
三四郎が与次郎に金を貸した顛末
与次郎が、雨の中を突然やって来て大いに困ったという。例になく顔色が悪い
「実は金を失くしてね」
と与次郎は煙草を一服吸ってから‘話し出した。失くした額は二十円である。但し、他人の金てある。昨年、広田先生が家を引越した時に敷金三ヶ月を払うのに困って、一時野々宮さんから借金した。その金は、野々宮さんが、妹にバイオリンを買ってやるために親父さんから送ってもらったものであった。今すぐ必要と言う金でもないので、バイオリンを買うのを延ばして、取リあえず貸した。だが、広田先生がなかなか返さない。広田先生は月給以外に稼がない人だから、そのままになっていたが、この夏の高等学校試験で採点をした時に臨時収入で六十円を得ることになった。これがようやく懐に入ったので、与次郎に渡して、野々宮さんに返してもらうことになった。その預かった金を失くしたのだ。
理由は、馬券ですってしまったそうだ。与次郎は色々奔走したが、どこも断られ二週間ほど経って、三四郎の所にやって来た。三四郎は母から送ってきたばかリの生活費が三十円ある。このうち二十円を一時用立てすることにした。
しかし、与次郎はその後、金を返さない。文芸時評から、前借リしようとしたが断られたと言う。三四郎の下宿屋の支払いは迫っている。与次郎がやって来て、ようやく金はできた。しかし、ここにはないと言う。原口とか、二、三軒あたったが、どこも駄目で、里見恭助の所に行ったが、これも留守で埒があかない。とうとう美禰子に会って話したら、意外にも美禰子が「御用立てしましょう」ということになった。
当時、女性は他人に金銭の貸し借りができる立場ではなかった。与次郎も半信半疑である。三四郎も美禰子が自分の自由になる金があるのか不思議に思った。
その点与次郎は楽観的である。あの女は妙な女で、年の行かないのに姉さんじみたことをするのが好きな性質だから、引き受ければ安心だと言う。
ただし、その金は与次郎には渡さず 、直接三 四郎に渡すと言う 。それでは三 四郎が美禰子の所に 行こうということで、二十円 のことは落着した。
気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より R0720250605