幸福とは他人が幸せになったことによる自分の満足感
実際的にもそうだと思うんですね。幸福の定義をあれこれと謡論するつもりはないんですが、定義は非常に大切ですけれども幸福とは「幸せだなぁ」「よかったなぁ」と思うことですから、定義をあまリこねくリ回しても良くはないとも思います。例えば、幸いとかラッキーというのは事実としての状態をいうような気がします。ところが、幸福というと、その事実とともに本人が満足であること。ですから、どちらかというと幸福といと自分が満足。ラッキーというと事実としてよかった。という感じがするんですね。
日本語の幸福などの言葉は、明治時代の福沢諭吉が作ったようで、それまでは幸いとか幸運とかの言葉があったような感じがするんですが、いずれにしても幸福というのは心の動きも含めた事実と心の両方なわけですね。
しかし、あくまでも自分なんですよ。
そうしますと、幸福とは他人が幸せになったことによる自分の満足感。
そのため、その中には他人と自分の二つが入っているのではないか。ですから、どういう状態が幸福かと聞かれましたら、それは「他人が幸せな状態である」と、こういう複雑なことをいろいろ考えてみる必要があるかと思います。
私の人生を振り返れば、自分の幸せは幸福感が少なく、家族や友人が幸せになったときの方が幸福感は高かったと‥‥そのように私は思います。
『幸福とは何か』武田邦彦(武田邦彦先生音声ブログKindle版大島久幸氏編 より)(雲雀電子出版) 20250209