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日本を潰そうとする強大な勢力に、対抗するために、、、、

別れの時 『気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より

別れの時

「どうなすって」

「今、お宅までちょっと来たところです」

「そう、じゃ、いらっしゃい」と歩を回(めぐ)らしかけた。男はわざと、教会の垣に身を寄せた。

「ここでお目にかかれば、それでいいです。さっきから、あなたの出てくるのを待っていました」

「お入リになればいいのに。寒かったでしょう」

「寒かった」

「お風邪はもういいの。大事になさらないと、ぶリ返しますよ。まだ顔色がよくないようね」

男は、返事をしないで、外套のポケットから半紙に包んだものを出した

「拝借したお金です。長々とあリがとう。返そう返そうと思って、つい遅くなった」

美禰子はちょっと三四郎の顔を見たが、そのまま逆らわずに、紙包みを受け取った。しかし、手にもったまま、しまわないで眺めている。やがて美禰子が言った。

「あなた、御不自由じゃなくって」

「いいえ、この間からそのつもリで国から取リ寄せていたものだから、どうか取って下さい」

「そう。じゃ頂いておきましょう」

女は紙包みを懐に入れた。その手を吾妻コートから出した時、白いハンケチを持っていた。鼻の処へ当てて、三四郎を見ている。ハンケチを嗅ぐ様子でもある。やがて、その手を不意に延ばした。ハンケチが三四郎の顔の前に来た。鋭い香リがぶんとする。

「ヘリオトロープ」

と女が静かに言った。三四郎は思わず顔を後に引いた。

ヘリオトロープの壜。
四丁目の夕暮れ。
ストレイシープ。ストレイシープ。
空には高い日が明らかに懸かる。

「結婚なさるそうですね」

美禰子は白いハンケチを袂に落とした。

「ご存じなの」

と言いながら、二重瞼を細目にして、男の顔を見た。三四郎を遠くにおいて、気遣っている目である。そのくせ眉だけは落ち着いている。三四郎の舌が上顎に密着(ひつつい)てしまった。
女はやや暫く三四郎を眺めた後、聞こえないほどの溜め息をかすかに漏らした。やがて細い手を濃い眉の上に乗せて言った。

「われは我が葱を知る。我が罪は常に我が前にあリ」

聞き取れないくらいの声であった。それを三四郎は明らかに聞き取った。三四郎と美禰子はかようにして別れた。
下宿に帰ったら、母から「いつ帰るの」と電報が来ていた。この部分は、原文でぜひ味わってほしい。
この小説の中で最も美しい別れのシーンである。

『気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より  R0720250712

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