倫理観と合理性と幸福
しかし、こういう状態を見ますと、ここまでずっと幸福というのを考えてきたわけですけれども、いわゆる世の中にある宗教、もしくは哲学者とか、いろいろ社会学者などがお考えの幸福論というのは、科学的に合理性を持っているかという点で、ちょっと疑問を感じざるを得ないわけです。
というのは、我々が自分で考える、自分の頭で考えるものというのは、すでにそこで人間の進化の歴史とか、前の人間の元の動物のときの倫理観とかを引きずっているわけですよね。
それが、このセックスなどに一番強く表れて・:・:人間という種が継続するのは、これはもう倫理的に絶対に正しいわけですよ。そうしないと子供が生まれなかったら、もう50年ぐらいでたちまち人類は減リ、100年で必ずなくなるわけですからね。ですからそれはセックスが悪いことであるはずがない。だけども、人生の幸福を教えるための宗教がお坊さんとか神父さんの妻帯を禁止する。
つまり神父さんとかお坊さんというのは、宗教的な良いことをする……良いことをする人が「人類は絶えてもいいんだ」と言うことになるので、非常に大きく矛盾しているわけですね。
これは、たまたま今回引き合いに出したセックスというものを取れば、まぁ、おかしいなぁということになるわけです。
『幸福とは何か』武田邦彦(武田邦彦先生音声ブログKindle版大島久幸氏編 より)(雲雀電子出版) 20250306