人それぞれに幸福論は存在する
お釈迦様になるとどちらかというと、お釈迦様自身は王様のところに生まれた皇子様ですから、言ってみればお金持ちの方で幸福の方の分布に居る人なんですけれど、だいたい教えとしては、やはりちょっとインテリ的というか、ちょっと金持ち的かもしれませんね。例えば一切世の中はうまくいかないとか‥‥‥だってお釈迦様の言う「一切うまくいかない」「諸行無常である」それから「因果関係がある」といった基本的な教えというのはどちらかといえば余裕があって、食うに困らないからですよね。食うに困ったらもう「もともと世の中は思うようにいかないよ」ということになるわけですよね。
ですから、確率的にどこを論じているのかということがハッキリしなきゃいけないわけです。
例えば、幸福論を述べるときに、「今から話す幸福論は、5歳のときに不運にして重い肺の病気になり、それによって片方の肺が使えない人の幸福論です」とかね‥‥‥。それから、「今から述べる幸福論は非常に運動神経があり、プロ野球で名声を博して一生悠々自適に過ごした人の幸福論です」とか、こういう幸福論。ところが普通はですね‥‥‥標準的な人というとまた難しいですが、例えば幸福論の論文の最初に「今から述べる幸福論はかくかくしかじかの人間を想定して幸福論をしゃべっている」と書いてあるとか、極端に言えば「生まれてすぐに、お亡くなりになる赤ちゃんの幸福論」だと、そのわずか一年とか半年の間の幸福を論じなきゃいけないわけですから、なかなか全然言っている幸福論が話にならないわけですね。
『幸福とは何か』武田邦彦(武田邦彦先生音声ブログKindle版大島久幸氏編 より)(雲雀電子出版) 2025028