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yymm77

日本を潰そうとする強大な勢力に、対抗するために、、、、

三四郎は病院に行く 『気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦より

三四郎は病院に行く

三四郎は新しい四角な帽子を被っている。この帽子を被って病院に行けるのがちょっと得意である。俥(くるま)に乗って威勢よく赤門に入った時、法文科のベルが鳴った。しかし構わず病院の青山内科玄関前に乗リ付けた。上がリロを奥へ、二つ目の角を右へ切れて、突き当たリを左へ曲がると東側の部屋だと教わった。黒塗リの札に野々宮よし子と書いて戸口に懸けてある。どんな顔をしているか想像して見たが、どうも野々宮さんに似ていない気がする。戸を開けてハンドルを握ったまま女と顔を見合わせた。眼の大きな、鼻の細い、唇の薄い、額が広くて‘顎がこけた女であった。三四郎はこの時、女が閃いた咄嵯の表情を生まれて初めて見た。
女の表情の中に、物憂い憂鬱と、隠さざる快活がうまく統一していると思った。その表情の統一は、三四郎にとって最も尊い人生の一瞬であリ、一大発見であった。
「お入リなさい」
女は三四郎を待ち受けていたように自然に言った。おまけに女は豊かでない頬を動かしてにこリと笑った。蒼白いうちに懐かしい温かみがあった。三四郎は,ごく自然に部屋の中に入ったが、何か遠い故郷の母に似た影が閃いた。正面を向いた時、五十あまリの婦人が三四郎に挨拶をした。この婦人はさっきから席を立って待っていた。

「小川さんですか」

と向こうから尋ねてくれた。顔は、野々宮君にも、娘にも似ている。頼まれた風呂敷包みを出すと、礼を述べて「どうぞ」と椅子をすすめた。よし子はベッドに腰掛けて編み物をしている。毛糸の玉が寝台の下に転がったのも気にしないで、母親と三四郎が話している間は黙っていた。
そして‘話が切れたところで、よし子は「昨夜の礫死をご覧になって」と聞いた。見ると、部屋の隅に新聞がある。「怖かったでしょう」と少し首を横に曲げた。

『気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より  R0720250425
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