ヘーゲルの哲学
二時間ほど読書三昧にふけった後、そろそろ帰リ支度をしながら、一緒に借リた書物のうち、まだ開けてみなかった、最後の一冊を何気なく開いてみると、本の見返しの空いた所に鉛筆でヘーゲル( 注3) がベルリン大学で哲学を講じた時のことが長々と書いてある。
ヘーゲルに心酔した先輩が書き込んだものらしい。終わリにのっぺらぼうに講義を聴いて、のっぺらぼうに卒業する君達は、結局切実な社会の活力には役立たず、死ぬまでのっぺらぼうであると、二度も繰リ返している。三四郎は黙って考えこんでしまった。
すると後ろから肩を叩くものがある。例の与次郎であった。与次郎を図書館で見かけるのは珍しい。彼は講義は駄目だが‘図書館は大切だと主張する男である。けれども主張通リ図書館に入ることも少ない男である。
「おい、野々宮宗八さんが、君を捜していた」と言うので、三四郎は捜しに出たがどこにもいなかった。
二人は一緒に図書館を出たが、その時、与次郎は野々宮君について話した。自分が居候している広田先生の元の弟子でよく先生宅に来る人だ。大変な学問好きで研究も大分ある。その道の人なら西洋人てもみんな野々宮君の名を知っている。
(注3)G.w.F・ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel)(―七七〇~ 一八三一)
ドイツ観念論哲学の代表者 。精神・歴史・自然の変化を絶対的イデーの弁証法的発展として捉
えた 。一八一八年ベルリン大学の教授となる 。
漱石もヘーゲルがベルリン大学で聞校した当時の状況を読んで大いに感心したという。なお、弁証法とは意見(定立)と反対意見(反定立)との対立と矛盾を通じて、より高い段階の認識(総合)に至る哲学的方法。その過程は正反合と要約される。
『気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より R0720250422