◎エネルギー消費と幸福度の関係
日下: 文科系らしいことを言いますと、日本にはもともとは仏教かどうか、もうそんなことは忘れてしまって、常識になって広がっている考えがあるわけなんです。そういうので言うと、エネルギーをたくさん使っても使わなくても一緒だというのがある(笑)。
それをちょっといまの人にわかりやすく言うと次のようになります。江戸時代の町人一人当たりのGDPはどのくらか。元禄の頃の人口は三千万人で、それ以後江戸時代はずっとそのくらいで推移している。まあGDPを正確にあてはめることはできないでしょうが、一説によると五百ドル程度で、世界の主要国の〇• 九程度と言われています。
そういう意味では、世界的なレベルで別に豊かというわけではない。食事などは一日ニ食だから腹一杯は食べられなかっただろう。着るものも金のある商人は別として、庶民はほとんど着の身、着のまま。それでいて、庶民レベルまでそれなりに学問をして、時には芝居なども楽しんでいた。まあ寿命は四十代くらいだったかもしれないが、エネルギー消費はいまの百分の一か千分の一レベルでしょう。
それが、いまや発展に発展を続けて、千倍もエネルギーを使えるようになって、それで「何ですか?」と。贅沢は嬉しいが、それはなくてもいい。となり近所、みんな一緒であればそれでいい(笑)。日本人はいまでも、そういうところがある。
武田: たしかに、そういう考え方もあるのでしょうね。私もわからなくはありません。
でも、人間というのはなにか充実するものを求めるのではないか。それは少なくとも「抑圧」ではないと思うのです。「浪費」するかどうかは「物質」の問題ですが、「活発にやるな」というのは「心の抑圧」のように感じます。それでは、方向が逆ではないか。それをつまらないエネルギー問題などを理由にしようとするからおかしい。
エピローグ@日本のエネルギーは心配ないたとえば、いま愛知県の一人当たりのエネルギー使用量は愛知県から産出される自然エネルギーの約千倍です。ですから、たぶん昔、自然エネルギーで活動していたということ
は多少のばらつきがあるにしても、千分の一くらいで活動していたことになるのでしょう。
それから、もう―つはいまから二百年前にイギリスが鉄鋼生産をはじめた。鉄鋼生産をはじめたときにイギリスの鉄鋼生産のために森林が駄目になってしまった。そのときのイギリス人一人当たりの鉄鋼使用量は現在日本人の使用量の五百分の一なんです。そこで破壊してしまったわけですね。
日下: 森林を全部切っちゃった。
『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行)より
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