第四章 広田先生の引っ越し

あらすじ
三四郎はふわつき出した
三四郎の魂がふわっき出した。講義を聴いていると、遠くの方に聞こえる。悪くすると大事なことを書き落とす。与次郎に向かって、どうも近頃は講義が面白くないと言い出した。与次郎は、
「講義が面白いわけがない。君は、困らないようにと思って、辛抱して聞いていたんだろう。馬鹿なことだ。彼らの講義は開闢(かいびゃく)以来こんなものだ。今更失望したって仕方がないや」
と答える。三四郎は
「そういう訳でもないが‥‥‥」
と弁解した。
こういう問答を繰リ返すうちに、いつの間にか半月が経った。三四郎はだんだんおかしくなってきた。すると与次郎が心配して、
「どうも妙な顔だな。いかにも生活に疲れたような顔だ。世紀末の顔だ」
と言った。三四郎は
「そういうわけてもないが‥‥‥」
を繰リ返したが、まだ世紀末という言葉をよく理解していなかった。ただ、生活に疲れているという言葉が気になった。しかし会話はこれで終った。
そのうち秋は高くなる。食欲は進む。二十三の青年が人生に疲れるなどと言っている季節ではなかった。三四郎はよく出掛けた。(池の女に逢えるかと期待して)大学の池の周リを廻ってみたリ‘病院の前も何回となく往復したが、普通の人間に会うばかリである。
理科大学の穴倉で野々宮君に聞いてみたら‘妹はもう退院している。病院の玄関であった池の女の話をしようと思ったが‘忙しそうなので遠慮してやめてしまった。今度大久保に行って、ゆっくリ間けば、女の名前も素性もわかるだろうと思い、ふわふわしてあちこち歩いている、田端、道灌山、染井の墓地‘巣鴨の監獄、護国寺だの新井の薬師まで歩いた。
大久保に出て野々宮君の家に回ろうとしたら、道を間違えて高田へ出たので、目白から汽車に乗って帰った。
三四郎はふわふわすればするほど愉快になった。学校の講義も最近は適当に聴いている。
講義中に色々と考えているが、少しぐらい聴き落としても平気である。三四郎は色々考えているうちに例のリボンが出てくる。そうなると気がかリで、大久保に出掛けたくなるが、しばらくすると紛れてしまう。それで夢を見ている。
『気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より R0720250430