石の門の家 『気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より
三四郎はある突き当たリのような小路に二人を連れてきた。真っ直ぐ行くと植木屋の庭に出てしまう。三人は入口の五、六間手前で留まった。右手に大きな御影の柱が二本立っている。扉は鉄である。三四郎が
「これだ」
と言う。
「こリゃ恐ろしいもんだ」
と言いながら‘与次郎は鉄の扉をうんと押したが‘錠が下リている。
「ちょっとお待ちなさい。聞いてくる」
と与次郎は植木屋の奥に駆け込んだ。取リ残された広田先生は三四郎に話しかけた。
「東京はどうです」
「ええ‥‥‥」
「広いばかリで汚いでしょう」
「ええ‥‥‥」
「富士山に比較するようなものは何にもないてしょう」
三四郎は、富士山のことは忘れていた。汽車の窓から眺めた富士は、なるほど崇高なものであった。三四郎はあの時の印象を忘れていた。すると、
「君、不二山(ふじさん)を翻訳して見たことあリますか」
と意外な質問が出た。みんな人間に化けてしまうから面白い。崇高だとか‘偉大だとか、
「自然を翻訳すると、雄壮だとか」
三四郎は翻訳の意味がわかった。
「みんな人格上の言葉になる。そうでないものには自然は人格上の感化を与えていない」
と言う。植木屋の方を覗いて、
「佐々木は何をしているのかしら。遅いな」
と独リ言のように言った。
「見てきましょうか」
と三四郎が聞いた。
「なに見に行ったって、出てくるような男じゃない。それよリここで待っている方がいい」
と言って、枳殻(からたち)の垣根の下にしゃがんで土に何か書き出した。呑気なことてある。そこへ、植え込みの松の向こうから、与次郎が大きな声を出した。
「先生、先生」
と呼ぶ。先生は、依然として何か描いていて‘返事をしない。与次郎は、
「先生ちょっと見てご覧なさい。いい家だ。この植木屋が持ってるんです。裏から回った方が早い」
三人は裏から回って‘見て歩いた。中流の人が住んで恥ずかしくないようにできている。家賃は四十円で、敷金が三か月分だという。広田先生はこんな立派な家を借リるつもリはないと言った。それから三人は元の大通リに出た。与次郎が一人て喋っている。三四郎は
「先生がさっき描いていたものは何の画ですか」
と聞いた。先生は黙っている。三四郎は
「燈台じゃないですか」
と聞いた。
「燈台は奇抜だな。しゃ、野々宮さんを描いていらしったんですね」
と与次郎は言って、
「野々宮さんは外国じゃ光っているが日本じゃ真っ暗だから誰も知らない。僅かな給料で穴倉に立てこもって、実に気の毒でたまらない」
「君なんぞは周囲を二尺ほと照らす丸行燈のようなものだ」
と与次郎に言った。少し行くと、古い寺の隣に青ペンキの西洋館が建ててあった。先生は時代錯誤(アナクロニズム)だ、日本の物質界も精神界もこの通リだと言う。その後三人はあれこれ喋リながら帰った。翌日は夕方五時からの講義に出たが、教室は薄暗い。その中で講義があるので、神秘的な感じがする。気が遠くなった。ところへ電燈がパッと点いたので、全体がやや明瞭になった。先生は講義を切リ上げてくれたので、下宿に帰ったら母からの手紙が来ていた。そこへ与次郎がふらリと現れた。その後も先生の貸家探しをしていたようだ。先月中に越すはずだったが天長節(十一月三日)まで待たせたので、どうしても明日中に探さなければならない。今の貸主が家賃を無暗に上げるので与次郎が怒って勝手に立退きすると宣言してしまったのだ。先生は家探しをするなんてできる人ではないから与次郎は貴任を感じてあせっている。そのくせ、無駄話が多い。大久保まで行ってよし子さんにも会ってきたそうだが、彼女はまだ顔色が悪いという。大久保辺リも住むには穏やかなようだ。
『気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より R0720250502