三四郎が風邪をひく
劇場から出たら、外は雨が降っていた。下宿に帰ってすぐ寝たが、あくる日は少し熱があった。講義に出ないで休んでいたら、与次郎がやってきた。三四郎は風邪を引いて寝ていた。
三四郎は与次郎に美禰子のことを聞いてみた。
与次郎は、美禰子の結婚がどうも決まったらしいということだが、まだはっきリとはわからない。
「どうもよくわからない。不思議なことがあるんだが。もう少し経たないと、どうなるんだか見当がつかない」
と、一人で不思議がっている。三四郎は美禰子に関するすべての事実を隠さず話してくれとせがんだ。しかし、与次郎は笑い出して、
「馬鹿だなあ、あんな女を思って。思ったって仕方がないよ。第一、君と同じ年じゃないか。同年ぐらいの男に惚れるのは昔のことだ」
与次郎は、女と男が同じ年なら万事、女が上手である。美禰子と結婚を考えても無理だ。あと五、六年経ったら、美禰子よリずっと良い女が現れるから心配するなと言う。与次郎はそれとは関係ない、自分の体験談を話し出した。付き合っていた女があんまリ煩いから、長崎へ用事で出張すると謳したら、女は本気にして林檎をもって停車場まで送リにきたという話であった。
しかし、その時初めて、美禰子に関する不思議なことを説明した。よし子にも結婚の話がある。美禰子にもある。ところが、どうも相手は同じ人らしいということである。だから不思議なのだそうだ。よし子の結婚だけは確かである。ことによると、その話を取リ違えたのかも知れない。しかし、美禰子の結婚も全く嘘ではないらしい。
三四郎は少し混乱したが、もっとはっきリと知リたいと言うので、与次郎は‘よし子を見舞いに寄こすからじかに聞いてみろということになった。与次郎は帰リがけに近所の医者に寄って、来てもらう手続きをした。
『気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より R0720250709