日本の城と西洋の城の決定的な違いとは
日本人の社会の在り方、日本人の心の在り方が西洋とどれほど違うか―――筆者の経験を一つ紹介してみたいと思います。
2000年代、名古屋大学に勤務していた頃に、フランスから訪れた研究者に名古屋城を案内したことがありました。
徳川御三家の筆頭である尾張徳川家が治めた名古屋城は立派な城郭で知られ、名古屋人の自慢の一つとなっています。
名古屋城を案内すると、フランス人の研究者が「ずいぶん小さな城ですね」と言うのです。
筆者は「そんなことはありません。“尾張名古屋は城でもつ”という慣用句もあるくらいの立派な城です」と丁寧に説明しました。
次に、フランス人の研究者から「この城にはどなたが住んでいたのですか?」と質問されました。
筆者は「殿さまとそのご家族と重臣、世話をする係やその他の人々です」と答えました。
すると、フランス人の研究者はこう言うのです。
「一般の市民はどこに住んでいたのですか? 市民が城の外に住むのであれば、城の意味がない!」
実はここに、日本の文明と、西洋をはじめとする海外の文明の違いが如実に表れているのです。
ヨーロッパをはじめ、中国などの大陸の為政者は、一つの街の外周に巨大な城壁をつくり、そこに貴族あるいは兵士、市民をすべて囲い込みます。
かつてはコンスタンティノープルと呼ばれたトルコのイスタンブールはその好例でしょう。
中国の都市も城の中、つまり城壁の中にあります。
広大な城の中に領主、あるいは皇帝がいて、貴族もいて、兵隊もいて、一般の市民も暮らしています。
夜になると城外と連絡している城壁の門は堅固に閉じられます。外敵や盗賊から城内を守るためです。
つまり、城内の治安を守り、城内に住んでいる人たちの生命と財産を守るために建築されたものが西洋人あるいは中国人にとっての「城」なのです。
城の中に住む人は城の支配を受けることによって安全が保障されます。
ただし、城の支配者が戦争に負けるなどしてしまうと、状況ががらりと変わります。城内に住む人は非戦闘員の一般人であっても殺害されたり、奴隷として確保されたりしてしまうのです。
城外に暮らせば自由かもしれませんが、城内で暮らさない限り安全の保障はありません。
つまり、城外は外敵だらけなのです。少しでも治安の良い城内での生活を多くの人々は望みました。
一方、日本の「城」に住んでいるのは「殿さまとそのご家族と重臣、世話をする係やその他の人々」だけです。
要するに、一般の市民には西洋型の城を必要とするような「治安維持の不安」はなかったのです。
日本人が考える「城」と「一般人」の関係は、ヨーロッパや中国の「城」と「一般人」の関係とまったく違っています。
西洋の人々からすれば日本の城は砦、つまり本拠は別にちゃんとあって戦争のために臨時につくられる小型の城としか考えられません。しかし、日本の「城」には、それどころではない格別な美しさというものがあります。
日本は鎌倉政権以来、室町政権、徳川政権と、天皇に任命された征夷大将軍がトップを担当する軍事政権が政治を担ってきました。
日本では「城」がそのまま行政機関であり、権威というものを持ちますから、おのずと豪華な、あるいは視覚的に魅力のある仔(たたず)まいになるのです。
『かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より
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