二人は掃除を始める
暫くして、二人は道具を借リて掃除を始めた。女は、和服の上に白い前垂れを締めて、白足袋を穿いている。掃除をするには勿体ないほど綺麗である。綺麗な手が二の腕まで出て、美しい襦袢の袖も見える。三四郎は茫然として見とれていた。二人が一緒に掃除をしていると大分親しくなった。
美禰子が二階に上がった。上から「ちょっと来て下さい」と三四郎を呼ぶ。女は暗い所にいる。三四郎が二、三段上がった。うす暗い階段で二人の顔が接近しそうになった。
美禰子が二階の窓を開ける。三四郎が近づいた。二人の手と手が触れそうになった。
拭き掃除も終わリ、美禰子は窓から空の白い雲を眺めている。
「駝鳥のボーア(襟巻き) に似ているでしょう」
と言った。三四郎はボーアという言葉を知らない。そして白い雲はみんな雪の粉であると言う。美禰子は
「雪じゃつまらないわね」
と言った。三四郎は美禰子の服装に色気を感じて、茫然と見とれている。掃除の合間に、美禰子の肩がふれたり、身近に美禰子の息を感じたりすると、女を意識して、ハッとして身を引いたり、官能的な誘惑を感じたりする。白い雲を眺めて、美禰子は
「駝鳥のボーア」
と詩的な表現をするが、三四郎は野々宮から教わった
「白い雲はみんな雪の粉である」
と言い、どうも二人の会話は少し噛み合わない。
『気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より R0720250506