◎日本がお金を出して開いた第一回の国連環境会議
日下: 産業公害が騒がれたとき、「外部不経済論」というのがありました。内部経済の向上ためにすることが、外部では不経済を招くという話です。会社の利益優先によるたれ流しは、社会の損失になるというわけで、これは「公害罰金」と「公害特別警察」をつくらねばならないと、私は書きました。実際は、マスコミと市民運動と警察の三位一体の圧力に企業は応えて、外部不経済はなくなりました。
今はむしろその反対に内部不経済の現象もあります。景観保全や自然保護のため事業が一千億円も割高になったりしていますが、自然保護が行き過ぎているかどうかを論ずる人はいません。話を「環境」にまで広げてしまったコストです。
ところで、当時の一九七〇(昭和四十五)年頃、私はある出版社が出していた「公害」という雑誌の巻頭言を書いていました。そこで公害問題の前途に触れて、「日本は環境問題解決の一番の先進国であるから、国連へ行って訴えるべきである。国連環境会議の開催を訴えるべきである」などと書きました。
外務省も通産省も、「金は日本が出すから、国連の環境会議を開こう」となって、その話に国連がのった。
その準備のために全省庁を上げて世界各国をPRして歩く視察団ができた。当時、私は公害問題について書いていたので 、民間人ながらその視察団の中に入れられた。各国の大臣などにも会って、「日本が金を出すのだから賛成してくれ」と言って回った。日本が金を出して、自分たちの負担がないのだから、みんな「大賛成」と言う。
当時、環境問題で威張りちらしていたオランダに対して、「あなたの国も少し金を出せ」と言ってみた。すると、みるみる顔色が変わって、「オランダは小さな国です。貧乏な国です。だから出せない」と言う。そんなものかねと思いました。
武田: そのツアーがあったのはいつ頃ですか。
日下: 一九七〇年頃ですかね。
武田: それじゃ日本が経済的にアメリカについで世界で二位の経済大国になった頃ですね。
日下: なったばかりの頃、躍進中のときです。まあ、ヨーロッパ人というのは、そんなに金にケチなのかと勉強しました。そして、一九七二年にストックホルムで国連環境会議(注6国際連合人間環境会議)を開くことになった。実際、国連環境会議を開いたらベトナム戦争で枯れ葉剤(注7)を撒いているアメリカが矢面に立たされるというので、アメリカは陰謀を企んだ。つまり、開催の前夜、クジラの大きな模型を作ってきて、会場周辺を「日本人はクジラを食う」と、ストックホルムの街中をクジラだらけにしてしまった。そんなことで会議がはじまったら、ベトナム戦争が吹っ飛んでしまった、ということがありました。
『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行)より
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