◎公害問題の先頭を走っていた宇井純さん
武田: まさに日下さんは公害問題の草分けですね。
日下: しかし、同じ公害問題でも、先頭を切った人は左遷されて飛ばされてしまった。有名なのは、東大の助手だった宇井純(注13) さん。
武田: 宇井さんは、そのあと沖縄大学に移りましたね。この前、沖縄大学の宇井さんの研究室に行って、晩年の宇井さんの業績をちょっと読んできました。
日下: 人より早くよいことをすると飛ばされるんですね。
武田: やっぱり、時代を先駆けてすぎていた。三十年くらい早かったということが第一ですね。また、宇井さんの書いた論文を読むと、ちょっと激しすぎるところがありますね。
とくに、沖縄大学で彼の晩年の論文などを読むと、ちょっと他の人がついてこられないかなと思うくらいです。書いてある真髄、彼が言おうとしていることはきわめて正しくて、時代の先端を行っていて、指摘していることの重要性や新しさから言えばノーベル賞級レベルです。しかし、書いてあることをきちんと読んで理解してくれる人はあまりいないから(笑)。官僚の玉虫色の文章の極意を少しくらい学んでいれば、ずいぶんよかったなっていう気はしました。そういう意味で、きちんと評価してくれる人はもちろんいるけれど、官僚など権力側からは煙たい存在ということで、不遇だったのは仕方なかったのかな、とも思いましたが。
日下: 私は、宇井さんを見て、同情していました。自分は、ほどほどにしか出来なかったが、しかし、急速に世の中全体がこの問題に立ち上がってくれました。
公害の仕事は、銀行の融資係としては、絶対にやらなければいけない仕事ではない。ほどほどとは、銀行の融資係として、お客さまにも銀行にも双方にとっていいレベルで、「そんな垂れ流しのようなことはやめたほうがいいですよ」という線。聞かれれば、そういうふうに言うけれど、書くときは「それはアメリカでは……、イギリスでは……」など、外国の状況で、にぎやかに飾って、読み物にしてしまうから(笑)。
すると、あまり非難、攻撃がこない。無名の銀行員だからやっつけてもしようがないんだね。ところで、宇井さんとは別に、あの頃、もう一人尊敬している人がいました。厚生省の橋本道夫(注14) さんです。環境庁へ移って、最終的には大気保全局長になった人で、懐かしいですね。辞めてからは筑波大の教授をなさった。この人も正しいことをやるで、
「コーガイ」とか「ミナマタ病」とかの日本語を世界に広めた。そして東京の空気をきれいにした大功労者です。マンション業者は、橋本さんの銅像を立てねばいけません。
いま、武田さんは、宇井さんのことを「三十年、早すぎた」と言ったでしょう。しかし、考えてみれば、誰かが先頭に飛び出さなければ、時代は変わらない。その意味では、トップランナーは左遷されてもしようがない(笑)。そして、三十年か三年か何年早すぎたかは、後輩の問題なんです。
(注13)宇井純(うい・じゅん一九三ニ~ニ〇〇六年)
環境学者、公害問題研究家、沖縄大学名誉教授。一九五六(昭和三十一)年東京大学工学部応用化学科卒業後、一時日本ゼオンに勤務。この時代に塩化ビニール工場の製造過程で使用した水銀廃棄にかかわる。このことが後に水俣病問題にかかわるきっかけとなった。
一九五九年東京大学大学院工学系研究科。応用化学科、土木工学科で学ぶ。一九六五年都市工学科(衛生工学コース)助手。大学院時代から水俣に足を運び、ペンネームで記事を書き、水俣病問題を社会に知らせるきっかけをつくる。助手時代、実名で水俣病告発を行なったために、東大で「万年助手」に置かれた。一九八六(昭和六十一)年、東大助手(二十一年間)を辞めて、沖縄大学法経学部教授に就任。公害論の授業などを担当。
(注14) 橋本道夫(はしもと•みちお一九二四~二〇〇八年)
厚生省(現厚生労働省)の初代公害課長や環境庁(現環境省)の大気保全局長として、高度経済成長期の産業公害対策に最前線で取り組み「ミスター公害」と呼ばれた。
大阪大学医学部卒業、米国ハーバード大公衆衛生学部大学院修了。一九五七年に厚生省に入り、一九六四年に新設された公害課の初代公害課長に就任。在任六年の間に、公害対策基本法、大気汚染防止法、騒音規制法の制定に中心的役割を果たした。また、イタイイタイ病とカドミウム、水俣病と有機水銀の因果関係をそれぞれ認める「厚生省見解」を執筆、被害者補償への契機をつくった。
一九七二年から環境庁(現環境省)に移り、同庁損害賠償保障制度準備室長として公害被害者の救済制度を確立。環境保健部長、大気保全局長を歴任。産業界からの批判により二酸化窒素の環境基準が緩和され、責任をとるとして、一九七八年に退官。その後一九八五年まで筑波大学大学院社会医学系教授として環境政策を教えた。
『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行)より
R061229 P126