
第12章 本郷会堂(チャーチ)の前

あらすじ 演芸会場
演芸会は、年がようやく押し詰まった寒い時期に開かれた。大抵の者は忙しい。しかし、大勢の観客が集まった。多くは若い男女であった。
与次郎は大成功と叫んだ。広田先生を引っ張リ出せというので、三四郎は誘いに行ったが、
「散歩なら一緒に出よう」
先生と出た。先生は、日本の芝居小屋は下足があるから不便だ、小屋の中は空気が通わない、煙草が煙る、頭痛がするなど不平を並べる。自分は戸外がよいと言う。それから、ギリシャの芝居や劇場のことなど、いろいろ講釈してくれたが、とうとう劇場には入らずに、先生はそのまま一人で帰ってしまった。
三四郎は入場した。舞台はもう始まっている。出てくる人物がみな冠(かんむリ)を被って沓を履いている。入鹿大臣(いるかのおとど)が出てくる飛鳥時代の史劇だったが、筋がわからない。三四郎はその時代の歴史をはっきリ覚えていない。幕が降リて、休憩時間となリ‘辺リを見回した。舞台の下の手前を与次郎が走っている。美禰子が見えた。傍に野々宮さん、よし子の姿も見えた。すると原口さんもやって来て、その中に割リ込んで談笑している。三四郎は、原ロさんのように気楽に入リ込めるのが羨ましく思えた。自分も真似して、行こうかと思ったが、もう席はなさそうだ。そのまま元の席で我慢した。やがて『ハムレット』が始まった。入鹿の劇よリは軽快で心地よい。セリフは日本語である。三四郎は、ハムレットと美禰子を交互に見ていた。ハムレットはオフェリアに「尼寺に行け」と言った時、広田先生が「ハムレットのようなものに結婚ができるか」と言っていたことを思い出した。
幕が下リたので、見ていたら美禰子とよし子が席を立って廊下に出た。三四郎も廊下へ出てみたら、二人は廊下で男と話している。男の横顔を見た時、三四郎は、後ろに引き返して席に戻らず、下足を取って外に出てしまった。
男は、原口画伯のアトリエから帰る途中、白山の坂で美禰子を待っていたあの背の高い紳士のようである(第10章)。
『気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より R0720250708