第3章 病院の廊下で あらすじ

新学期の構内
新学期は、九月十一日に始まった。三四郎は正直に午前十時半頃、学校に行ってみたが、掲示板に時間割があるだけて学生は一人もいない。裏に回って熊笹の中を池の水際へ降リて‘例の椎の木の所まで来てまたしゃがんだ。あの女がもう一度通ればいいなと‘丘の上を眺めたが人影もない。
翌日は正八時に学校へ行った。正門を入ると、真っ直ぐ大通リがあリ左右の銀杏並木が目に付いた。銀杏の並木が尽きる右手には法文科大学がある。左手には博物の教室があリ、建築は両方とも同じ、細長い窓の上に三角に尖った屋根が突き出している。三四郎は初めて自らこれらの建物を鑑賞した。法文科の右のはずれから半町ほど前へ突き出している図書館にも感服した。左手のずっと奥にある工科大学は封建時代の西洋の城から割リ出したのだろう、三四郎はまた見えない建物もあるが何処となく雄大な感じを持った。「学問の府はこうでなくてはならない。こういう構えがあればこそ研究もできる。えらいものだ」
と大学者になったような気がした。三四郎は池の周リを二遍ばかリ廻って帰った。(63)
『気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より R0720250418