四十五 女風(おんなふう)
「権之丞殿 へ話に、今どきの若き者、女風になりたがるなり。結構者・人愛の有る人・物を破らぬ人・柔(やわら)なる人と云ふ様なるを、よき人と取りはやす時代になりたる故、矛手(ほこて)延びず、突つ切れたる事をならぬなり。(略)」(聞書第二 一七八頁)
いまの時代は男はあいきょう、女はどきょうという時代である。われわれの周辺にはあいきょうのいい男にこと欠かない。そして時代は、ものやわらかな、だれにでも愛されるけっして角だたない、協調精神の旺盛な、そして心の底は冷たい利己主義に滿たされた、そういう人間のステレオタイプを輩出している 。「葉隠」はこれを女風というのである。「葉隠」のいう美は愛されるための美ではない。体面のための、恥ずかしめられぬための強い美である。愛される美を求めるときに、そこに女風が始まる。それは精神の化粧である。「葉隠」は、このような精神の化粧をはなはだにくんだ。現代は苦い薬も甘い糖衣に包み、すぺてのものが口当たりよく、歯ごたえのないものがもっとも人に受け入れられるものになっている。「葉隠」の反時代的な精神は、この点で現代にもそのまま通用する。
『葉隠入門』三島由紀夫 (新潮文庫) 20240909 P81