三十四 時世
ここでも「葉隠」は明らかな矛盾をおかしている。あのように時世の頽廃を嘆き、あのように若武士や当世風の若者たちの堕蕗を嘆いた常朝は、同時に時代の流れというも のをリアリスティクに観察して、それにいたずらに逆うことが、何ら有効な結果を生まぬことも洞察している。
「時代の風と云ふものは、かへられぬ事なり。段々と落ちさがり候は、世の末になりたる処なり。一年の内、春ばかりにても夏ばかりにても同様にはなし。一日も同然なり。されば今の世を、百年も以前のよき風に成したくても成らざることなり。されば、その時代時代にてよき様にするが肝要なり。昔風を嫌ひ候人に誤あるはここなり。合点これなき故なり。又当世風ばかりを存じ候て、昔風を嫌ひ候人は、かへりまちもなくなるなりと。」(聞書第二 一六二頁)
『葉隠入門』三島由紀夫 (新潮文庫) 20240829 P73