三十 年齢
「四十歳より内は、知恵分別を除け、強み過ぐる程がよし。人により、身の程により、四十過ぎても、強みなければ響きなきものなり。」(聞書第一 一五五頁)
強みということがいわれている。このわずかな一、二行をしさいに読むと、四十にならぬうちは強みすぎるほどがよく、また四十を過ぎてもやはり強みがなければいけないということを言っているので、結局常朝が考えている人間像は「強み」という一点に帰結するように思われる。
「強み」とは何か。知恵に流されぬことである。分別に溺れないことである。彼は行動の原理がいつもこのように知恵や分別によって崩され、破壊されるのを、がまんして見てきた経験がたくさんあるにちがいない。そして、四十過ぎての分別盛りが、たちまち、がたりと強みを失って、そのときになって得た知恵や分別ですら、強みがないがために本当の効果を発揮しないという例をたくさん見たにちがいない。ここには微妙な逆説がある。もし、知恵分別が四十歳にして得られるならば、そのとき、それを活用する力が残っていなければならない。しかし、世間の多くは、分別が得られたときには力を失っているのである。常朝はそれを戒めたものと思われる。
『葉隠入門』三島由紀夫 (新潮文庫) 20240825 P70