二十九 和と謙譲
ここにも「葉隠」の一つの矛盾の例がある。あれほどエネルギーを賛美し、あれほど行動の行き過ぎを認めた「葉隠」が、ここでは社会の秩序、その和の精神と諌譲の美徳をほめたたえている。
「(略)人を先に立て、争ふ心なく礼俄を乱さず、へり下りて、我が為には悪しくとも、人の為によき様にすれば、いつも初会の様にて、仲悪しくなることなし。(略)」(聞書第一 一五二頁)
常朝は、たまたまこのようなプラクティカルな教訓を与えるときには、じつに平然と矛盾をおかすのである。そこにまた「菜隠」という本のふしぎな魅力がある。
『葉隠入門』三島由紀夫 (新潮文庫) 20240824 P69