三十三 エピキュリアニズム
イギリスの作家、ウォルクー・ペイターの小説「マリウス・ジ・エピキュリアン」が「享楽主義者マリウス」という名で、翻訳されて出版されたとき、このむずかしい哲学小説が、ただ書名にひかれた読者によって、思いがけないベストセラーになったことがある。ペイターは、キリスト教勃興期のローマの青年貴族の思想的遍歴を扱いながら、エピクロスの哲理を詩的に美しく分祈しつつ、それがキリスト教の帰依にいたる思想的発展の物語を書いたのであった。エピクロスの哲理は享楽主義と名づけられるが、じつは、ストイシズムと紙一重であった。われわれがある女性とデートをして、一晩ホテルヘ行って、あくる朝しらけた気持ちで早朝興行の映画に行って、あくびをかみころしてつまらない映画を見ているとき、そのときに感じるものはもはや享楽主義ではない。享楽主義とは、亨楽独特の厳格な法則をいつも心にとめて、その法則を踏みはずさぬように注意深くふるまうことにほかならなかった。したがってエピクロスの哲理は、享楽がそのまま幻滅におちいり、果たされた欲望がたちまち空白状態におちいるような肉体的享楽をいっさい排斥した。満足は非楽の敬であり、幻滅をしかひき起こさなかった。したがって、エピクロスは、キュレネ学派と同じく、快楽を幸福有徳な生活の最高原理としながら、その快楽の目的をアクラクシアに置き、また、この快楽をおびやかす死の不安は、「生きているかぎり死は来ず、死んだときにはわれわれは存在しないから、したがって死を怖れる必要はない。」という哲理で解決した。そのようなエピクロスの哲理は、そのまま山本常朝の快楽哲学につながっている。彼の死の哲学には、たしかに、このような快楽のストイックな観念がひそんでいた。次のような一節を読むがよい。
「端的只今の一念より外はこれなく候。一念一念と重ねて一生なり。ここに覚え付き候 へば外に忙しき事もなく、求むることもなし。この一念を守って暮すまでなり。皆人、ここを取り失ひ、別にある様にばかり存じて探促いたし、ここを見付け候人なきものなり。さてこの一念を守り詰めて抜けぬ様になることは、功を禎まねばなるまじく候。されども、一度たどり付き候へば、常住に無くても、もはや別の物にてはなし。この一念に極り候事を 、よくよく合点候へば、事すくなくなる事なり。この一念に 忠節備はり候なりと。」(聞書第二 一六一頁)
『葉隠入門』三島由紀夫 (新潮文庫) 20240828 P73