◎日本において環境問題はなぜ片づいたか
武田: そうですね。いま言ったように、基本的には一九九〇年以降には環境問題がすべて片づいたということですが、なぜ片づいたかというと、節約によって片づいたのではなくて、逆に産業が活発になったことによって片づいた。もっとはっきり言えば、大量生産によって環境がよくなったということです。環境というのは、生産力が増大することによってつねに改善されてきたのです。
物質レベルで言うと、いま日本では物質の消費量は二十億トン程度ですが、これが十億トンを超えたのが一九六〇年(昭和三十五)年頃のことです。つまり、高度経済成長{参考日本の高度経済成長期は一九五〇年代半ばから七〇年代はじめ。一九五五(昭和三十)年に国民所得が戦前を上回る水準に達し、一九六〇年には池田内閣が所得倍増計画(注11参照)を発表}がはじまってからのことで、それ以前には非常に少なかったのです。
家庭ゴミについては、道路に黒いゴミ箱があって、そこに捨てておけばいつの間にかゴミがなくなるといった時代から、本格的に物質量が増えていったのは、一九六〇年から一九七〇(昭和四十五)年の頃のことです。
一九七〇年頃には、高度成長期前の五倍くらいになって、年に十六億トンの物質消費量になった。建築・土木関係と、鉄鋼・エネルギー関係が約半々で、八億トンが砂利、セメント、石灰石など建築・土木関係のもの、あとの半分が鉄鉱石や石油など鉄鋼・エネルギー関係です。
環境問題は 、その少し前に誕生したのですが 、すぐもっとも環境が破壊された時代が訪れた。
つまり、一九七〇年頃は、あらゆる環境が悪かったわけです。当時は水俣病などはある程度終わっていましたが、四日市ぜんそくや光化学スモッグ、そして土地の汚染、河川の汚染は最大でした。高度成長の中でダイオキシンなど、誰も注目していませんでしたが、日本の国土の中にあるダイオキシン量も一九七〇年頃がピークでした。
その一九七〇年当時の物質消費量が十六億トン。そして、二〇〇〇年は約二十一億トンになっています。ところが、二〇〇〇年は環境指標はすべていいのです。十六億トンが二十一億トンに増えているにもかかわらず、たとえば大気中の二酸化硫黄量は六分の一になっています。中国から流れてくるのが八割ですから、日本国内で出す量は六分の一よりももっと下がっていて、日本中では十分の一ほどに減っている。
ダイオキシンは農薬使用量が減ったので、これも十分の一に減っています。ちょうどテレビ朝日が所沢のダイオキシン問題を報道(注4)したとき、それは一九九九(平成十一)年のことですから、最盛期の二十分の一になったときだったのです。そんなときに、ダイオキシンについて、間違った報道がされた。
日下: すでに環境問題などとっくになくなったにもかかわらず、ダイオキシン問題が浮上したと。
『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行)より
R061128 P19