あとがきー論理的で誠実な歴史観を!
先入観は恐ろしいと言います。それは人間が「先に頭に入ったものを正しいと思う」という欠陥があるからですが、それに加えて人間には二つの錯覚のもとがあります。
―つは「自分が有利になるものを正しいと思う」という利己的なものと、もう―つは「正しいことを正しいと思うのではなく、益E得できることを正しいと思うこという論理回路が働くものです。
つまり、
①最初に聞いたことで、
②自分に有利なもの、
を人間は正しいものとして頭に入れていますから、次からはそれをもとに正しいことを決めようとします。
たとえば、日本は大東亜戦争で「東南アジアの国を侵略した」と学校で習うと、それが「最初に聞いたこと」になりますし、「自分の利害とはあまり関係がない」ので、教わったとおりに理解します。
でも、当時、「東南アジアの国々」はほとんどすべて植民地でしたから、もともと「東南アジアには独立国がなかった」という状態でした。だから、日本は東南アジアの「国」と戦ったのではなく、植民地を治めていたイギリス、オランダなどの不当に統治している国と戦ったのです。
もし植民地を「占領していた国の名前」で呼ぶとすると、インドネシアはオランダ、フィリピンはアメリカと呼ぶ必要があります。インドネシアなどは政治の指導者(たとえば後に大統領になるスカルノなど)は政治犯として獄中に入っていたし、インドネシア軍は日本軍とともに独立のために戦ったので、敵ではありませんでした。
でも、こんな簡単なことでも日本人の多くは「そんなことはないだろう」と言います。
この地球上に現れた生物の中で人間は「初めて頭脳で判断して生きる生物」として登場したので、まだ多くの頭脳の欠陥を持っています。やがて人間が絶滅し、代わって次の生物が生まれるときには「最初に聞いたことを正しいとする」という欠陥は解消しているでしょう。
ところで、日本は島国で、焼け死ぬほど暑くもなく、凍え死ぬほど寒くもなく、四季があり、山紫水明の素晴らしい国土を持っています。四面を海で囲まれ外敵もほとんどなかったので、のんびりと天皇陛下のもと、国民は厳しい身分差別もなく、「誠意、礼儀、恩」などのもとで生きることができました。
だから、日本社会は「自分の身を守るために必死になる」ということがなく、「純情で、自らを卑下し、相手を尊重する」という世界でも珍しい文化を持っていました。しかしそれは、明治の初めに日本が開国してから、外国との付き合いの中で連続して間違いを犯した―つの原因ともなったのです。
「相手に謝れば、相手も自分の非を認めるだろう」「相手に譲れば、相手は恩を感じてくれるだろう」などがその典型です。贈り物をするときに「つまらないものですが」と言い、お白洲(しらす)では「私が悪うございました」というのが人の道だというのは日本特有の文化です。
世界標準の受け止め方は、「つまらないと思うなら持ってくるな」であり、「自分が悪いと思うなら金を払え」ということになるからです。
明治維新から大東亜戦争の終わりまで、さらには最近の国際関係の中でもまだ日本文化はほぼそのままで残っています。
『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)
『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720251120